とくに用事はないのだが

2007年8月2日

大谷大学に来ている。開放された談話室のようなところで牛乳を飲んでいる。牛乳は自動販売機で買った。牛乳以外は全部売り切れていたからだ。室内に私以外の人間はいない。学内にも人影はまばらだ。そうか。夏休みか。

人影はまばらなのだが、自転車はたくさん止まっている。どういうことか。人間に対して自転車が多すぎるのではないか。ひとり一台ではないのか。最近の大学生はいっぺんに4台とか5台とか自転車をこぐのか。そんな大学生は見たことないぞ。

いや、「そんな大学生」のみならず、「大学生」それ自体を私は見ていないのではないか。そもそも、そのへんを歩いている若者が大学生かどうかなんてわからないではないか。だからといって、大学生が存在しないということにはならない。私が見ていようが見ていまいが、大学生は存在する。ということは、いっぺんに4台とか5台とかの自転車をこぐ大学生を見たことがないからといって、いっぺんに4台とか5台とかの自転車をこぐ大学生が存在しないとは限らないぞ。

大学に人がいないにもかかわらず、自転車がたくさん止まっているということの合理的な解釈としては、いっぺんに4台とか5台とかの自転車をこぐ大学生は存在しない、とするよりも、いっぺんに4台とか5台とかの自転車をこぐ大学生は存在する、多数存在する、としたほうが、納得できるではないか。

納得できるではないか。というようなことを誰もいない談話室的なところで紙パックの牛乳を吸い込みながら思想していたわけであるが、何をやっているのか。牛乳を飲み終え、空になった牛乳パックをストローで吸ったり吐いたりしながら、何かを考えているようで考えていない。ただ、牛乳パックをポコペンポコペンしている。これが私の仕事である。

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