お前がやってみろ

先々週の月曜日に始まった先々週が先週の金曜日にようやく終わりました。長かった。ひたすら混濁していた。疲労。あれ?疲労?って、こんなだっけ?

こんだけ出勤してると本当に出勤しているのかどうかあやしくなる。出勤したからといって仕事しているとは限らないからであろう。就業時間の3分の2はぼんやりしているように思う。疲労しているのである。疲労しているから能率が上がらない。上がらないから仕事が終わらない。終わらないから疲労。の連続出勤スパイラルである。ちなみに就業時間の残り3分の1は昼寝をしている。俗にいう寝疲れである。

それはそうと。

使用者は労働者を1日8時間しか労働させてはならないと、法律で決まっている。労働基準法というありがたい法律である。1週間では40時間。違反すると大変なことになる。罰が当たる。

ただし、罰が当たらない方法がある。三六協定である。使用者と労働組合が話し合いをして、三六協定を締結するのである。締結すると、1日8時間を越えて労働させても、罰が当たらないことになる。うちの職場の場合、現在結ばれているのは1日3時間である。つまり、1日11時間までなら労働させても罰は当たらない(月単位の上限もあるので本当に毎日11時間労働させると罰は当たるが)。

だから、うちの職場の使用者の手先は、午後8時半が近づいてくると徐々にピリピリしはじめる。8時半を過ぎて労働者を労働させると罰が当たるからである。どういう罰が当たるのかは知らないが、かなりやばい罰だろう。ローキショが来るぞ!と手先が恫喝する。ローキショが罰を抱えてやってくるのである。っていってもローキショが罰を当てるのは使用者だろうから、労働者としては全然困らない。むしろ当ててやってくれとすら思う。景気づけにひとつ当ててやってくれとすら思う。事情聴取してくれたらあることないことベラベラしゃべるよ。

そもそもローキショを恫喝の種にするのが間違っている。ローキショ(労基署?)は労働基準法の番人的な役割を担っていて(たぶん)、労働基準法は労働者(善)を使用者(悪)の横暴から守ることが目的なのだから、ローキショが労働者に不利益を与えることはないのだ。

8時半で仕事が終わるのなら問題はない。だがしかし残念ながら終わらない。11時間で終わるような仕事を与えられていないからだ。使用者やその手先は言うだろう。「決められた時間に終われないのは、労働者が怠けているからだ」。そんなことはない。怠けてなどいない。決められた時間に終われると誰が判断したのだ。過去の実績とか他所の職場とか言うな。過去には過去の、他所には他所の事情があって、そんなものでは判断できない。現在には現在の、此処には此処の事情があるのである。現在の此処での適正仕事を量る必要があるのだ。では、どうすればいいのか。

お前がやれよ。

お前がやってみろよ。

これなぁ。われながら妙案なのですよ。手先がオレの仕事をして、オレはその間休む。手先の仕事はアルバイトさんにしてもらえばいい。手先の仕事なぞ内容読まずにハンコ押したり、会議に出てボーッとしてたり、時々奇声を発したりするくらいのものである。時給800円でもやりたいという人は集まるだろう。オレの3倍も給料をもらってやる仕事ではない。手先にはオレ並の給料を支払えばいい。オレの仕事をしてるわけだから。これでなんとオレ二人分の人件費削減になる。コストカッティングである。しかもみんなが幸せになる。使用者は労働者の適正仕事が量れるし、オレに有給休暇を消化させることができるし、アルバイトさんは楽して収入が得られるし、手先は働く喜びを感じとることができるのだ。強いて言うならオレが不幸。働いてないオレが不幸。働いてないのに給料がもらえるなんて。不労所得ゲットだなんて。

オレの月給を時給に換算するといくらになるのかは悲しすぎるのでやらない。世の中には知らない方がいいこともあるのだ。知ってしまったがゆえに家庭が崩壊することもあるのだ。むしろオレがアルバイトとして雇われたいくらいである。

まぁ実際問題として小心者の私には「お前やってみぃ」なんてこと天地がひっくり返っても言えないわけですが、最近は天地がひっくり返ってるんじゃないかと思うぐらいに口元が緩い。緩いというか脳髄が朦朧として、まともな検閲ができていない。上司より怖い坂上さんにも暴言を吐いているような気がする、のだが脳髄が朦朧としているので、よくは分からない。よく分からないままに週明け出勤して、会社から席がなくなっていたりするのかも知れない。なむ〜。