草を食って生きていく

2011年11月20日

階層を一つ深くしたら覿面にスパム氏が減りましたこんばんは。チラシの裏です。とはいえ最近はパチンコ屋のチラシですら両面印刷だったりしますし仕方がないのでチラシの縁のわずかな余白に書き連ねております。こんばんは。The Edige of Tirasiでございます。RSSも更新されない。永遠に更新されない。カウンターも回らない。むしろ今まで回っていたのがおかしいのでこれでいいのでしょう。

草食系の話です。脈絡はありません。

草食系男子というのは欲が少ないのではなく、単に傷つくのが怖いだけだ、という話があります。他人の欲など私には計れませんがこれは直観的に実感として正しいと思います。

私が若い頃は草食系男子という言葉などありませんでした。言葉がないところには概念もない、私は本来的には草食系でしたが、概念がない以上、そういったものとして存在することは許されませんでした。結果として若干傷ついたり傷つけられたりしながら生きて雑食して今幸せです。草食系として生きた場合の自分と比較して、たぶん幸せです。

不快の減少は快ですから、草を食って生きていくのもそう悪くはないのだと思いますが、不快減少の終局的な状態は死ですので、死に至る病なのです。端的に言って草食は病です。治ります。治す気があれば治ります。ただその治す気を出すのが難しい。

だから。草食系男子とかいう言葉を作った人は罪が重いのですよ。言葉はいずれ死にます。草食系という言葉ももしかするとすでに死語かもしれません。でも、言葉は死んでも概念は生き残るのですよ。草食系に対して与えられた免罪符は効果を発揮し続けるのですよ。

私に限らず草食系は昔からいるのです。自由恋愛のもと顕在化しただけです。現代の若者がとりわけ異常なのではなく、現代が異常なのです。そりゃ少子化も進みますわな。本気で少子化晩婚化をなんとかしようと思ったら婚活じゃなくて見合いですよ。見合いしたら結婚しなければならないという空気の醸成が必要ですよ。

ただ私は自由恋愛万歳だし親が決めた結婚相手と結婚するのは嫌ですのでそんな社会はケツ喰らえと思いますが長生きはしたいし年金はほしいしどうすればいいんでしょうね。あっちを立てればこっちが立たず、いいとこ取りはできないということでしょうか。ゆっくりと滅ぶしかないのかね。

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