ぼくは泣く

2010年2月11日

とにかく泣く。泣き上戸とか涙もろいとかきみを愛し切れない夜が明けた窓辺でとかそういうことではなく、不意に不如意に不如如意に、目から塩水が湧いてくる。そうです。涙ではなく、塩化ナトリウム水溶液が分泌されるのです。人と話しているときによく泣きます。例えば。

オレ山下さん、さっき権藤って人から電話があったよ。折り返し電話ほしいって。

山下わかりました。電話番号は?

オレ聞いてない… (´;ω;`)ブワッ

意味がわからない。山下に詰められて辛いとか自分で自分が情けないとかそういうことではなく、訳なく泣く。理由なく泣く。しまったと思って山下を見ると山下も泣いている。

え?と思って、え?という顔をしていると、え?と思ったのか山下も、え?という顔をしている。「ごめん」と謝ってその場を離脱する。

それからというもの、閑に飽かせて山下観察である。確かに泣いている。かなり泣いている。とくに怒られてるとか責められてるとかいう状況でもなく、上司とか同僚とか後輩とかの区別もなく、無作為に泣いている。好きなときに泣いている。あぁやっぱりこの人オレと同じだわ、会話すると泣くんだわ、と思って山下の向かいを見ると、早川も泣いている。何それ。もらい泣き?

まぁ泣くといっても目に涙が溜まってウルウルする程度なのでいくらかは誤魔化しようがあるわけですが、「泣く=悲しい」という文化が成立している地域においてはどうにも困ってしまう局面もあって、ウィリアム・ジェームズのことばを借りれば「悲しいから泣くのではない。泣くから気まずいのだ」。

というか、泣いてますよね。みなさん泣いておられますよね。多かれ少なかれ。確かに心と身体はひとつなんだけど、生理的な現象が感情の発露だなんて、誰が決めたのかな。決めの問題でしかないのにさ。

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