松ヶ崎

2010年1月30日

修学院の辺りに用事があったので、出町柳から叡山電車に乗った。叡電の車体はわりと長いのだが扉が前と後にしかないので、座席が横にビローンと間延びている。ということに今日初めて気がついた。いや、たぶん、さすがに、気がついていたんだろうけど、今日初めて無意識から意識に上った、というか、叡電に乗るときいつもクラッとくる理由に思い至った、というか。用事を済ませて妻と二人せっかくなので散歩がてらに地下鉄の松ヶ崎駅までぶらぶらと。修学院周辺、八百民とライクスは健在だったが、チャオがなくなっていた。その東大路を挟んで向かいにフレスコ、というか、叡電修学院駅の改札横に。あそこはもともと何だったかしら。北山と白川のぶつかるところにあった本屋は100円ショップになっていた。山端郵便局のATMで入金。

松ヶ崎は8年くらい前から7年くらい前までの一年間住んで、北山通を毎日自転車で通勤していたはずなのだが、あまり覚えてない。住んでいたアパートはふつうに残っていた。築20年くらいになるのか。当時から存在する建築物はすべて築年数が7増えているという不思議。松ヶ崎橋から地下鉄松ヶ崎までの北山通は、メルセデスやポルシェやマツヤデンキやタニヤマムセンはあるのに、食品を販売する店舗がひとつもないというワンダーゾーンです。あれ?ポルシェなんてあったっけ?そもそもポルシェって何だ?

あぁそういや、くらしハウスがなくなってた。頻繁に利用したわけではないが、ここで買ったチョコボールをきっかけに、銀のエンゼルを集め始めたことを思い出した。昼間とおりかかったときは思い出さなかったのに、いま不意に思い出した。遠くから1枚送っていただいて、やっと5枚になったのでした。その節はどうもありがとうございました。あああ。懐かしいというには記憶が大人過ぎる。

地下鉄で数駅、自転車でも20分程度の距離だが、いかないねぇ。何かないといかないねぇ。北山にいかなくなったな。若ければいくのだろうか。もしかすると、再び京都に越してきてから、一度もいってないかも知れない。

その意味において、ほんとうに京都に住んでいるのか、いささか疑問だ。住むというのはどういうことなのか。寝て起きて寝て起きてすることなのか。たぶん、去年のゴールデンウィークに洛西ニュータウンを訪れてみたのも、何らかの解答を求めてのことなのだ。というところで、過去ウェブログを読んでみたのですが、投稿されてませんね。投稿しなかったのですね。下書きファイルには残っていました。

重松清とか宮台真司とかまったくもって読まないんですけど、ニュータウンには屈託があります。洛西ニュータウンを訪れてみました。ゴールデンウィークのことです。これというのは陳腐なようでいて実存の問題を孕むので始末するのが難しい。はじめてです。何の趣向かというとたぶん、誰も行かない京都に行きたい願望、なのだと思われます。四条烏丸から29番のバスに乗って。

後付けに考えてみると、私が育ったのは京阪電車で京都からも大阪からも等間隔に離れた類型的なベッドタウンなのですが、両親は団塊の世代の終わり、そこに居住したのはおそらく母の仕事の都合です。つまり、何の屈託もないし、永住する気もなかった。

とてもよい日和でした。汗をすって発熱するという罰ゲームにも似たユニクロの肌シャツを着ていた私にとってはしかし、この暑さをこそ、実存の問題に重ね合わせたい。初夏の日差しと草いきれの記憶を。実存とただ言いたいだけではありません。そこには実存の問題しかないのです。ニュータウンと口にするとき、ニューという音の晴れがましさも、タウンの名指すいかがわしさもありません。それはあくまでも、ニュータウンとしか呼びようのない何かなのです。

小一時間かかって、境谷大橋で降りました。目当てがあったわけではないのでとりあえず、ラクセーヌに向かいました。あまり期待していなかったのですが、すでにこの時点で終了していました。ここは、あまりにニュータウンだ。ニュータウンすぎる。

ニュータウンはある程度の、完全ではない成功を含まねばなりません。町として年季が入っていないとダメなのです。その年季が入りすぎている。高齢化は進んでいるかも知れないが、活気がある。偽記憶と戦わねばならなくなる。

意味が分からないのか意味がないのか分からない投稿ですね。いや、投稿されてないので不投稿ですね。何かを持て余しているようで、それは再び京都に4年間「住んだ」ことにより、持て余している何かです。何かって何だよ。何かとしか呼べないものがあるかよ。あるかも知れないしないかも知れないな。身も蓋もない言い方をすれば、そこには実存しかないのかも知れないな。

コメント / トラックバック 2 件

  1. とおりすがり より:

    フレスコの前は吉野家です。

  2. ハリン より:

    フレスコはここ数年の話だと思うのですが、
    吉野家があったのはかなり昔のことでしょうか。

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