中途半端な長さの雑々

ツイッターにスポイルされる形でウログの更新がなされなくなっている。それはそれで構わないのだが、ツイッターはどうにも粗い。てにをはが粗いしことばの選択が粗いし意味内容も粗い。いや、ウログだって粗いのであるが、ツイッターだと何の省みもなく粗いことを許容してしまうのだ。というかお前は誰だ。

何年かに一度は倦むことがあって、粗いというのはつまりそういうことだ。そして、誰にでも起こることだ。ふつうの生活が困難であるように、ペレック『物の時代』のパリ夫婦みたいに。あの夫婦も物に倦んでいるのではなくて、ただ、倦んでいるのだと思う。何に倦んでいるか問うてしまうと、倦みではなくなってしまうかも知れない。倦み以外のことに専心すると意外と倦まなくなったりする。たぶんこれは病気ではなく症候でもなく気分ですらもなく曰く言い難い。ついにアクセス数/日で、鯖に抜かれた。そろそろインチキをせねばならぬか。

倦みすぎてどうしようもないので簿記を始めた。こういう反復練習みたいなのは脳髄が活性化するような気がしていいですね。脳髄はものを考えるところではありませんが、もの以外のものを考えるところではあるからです。日常生活で役立つことはほぼありません。日常生活で役立たないというのがむしろよいのかも知れません。もちろん仕事にも役立ちません。仕事に役立つ勉強なぞしたことはありません。仕事に役立つ勉強なぞ、と書いてしまうのは明らかに呪縛でしょう。アンドレ・ブルトンか誰かの。家計簿を複式簿記にしてみましたが、うれしすぎるので止めました。うれしすぎると必ず失敗します。必ずです。ていうか、勘定科目って勝手に自作していいものなのかしら。商工会議所とかに叱られるのかしら。

昨日醍醐寺からの帰り、ジーンズを見にいった。一本やぶれたので一本補充ってことで。初めてのお店でジーンズ探してますと店員さんに言ったら店員さんは、これかこれかこれですね、と何も聞かずに三本持ってきてくれた。そのうち一本が正解だった。なんでわかるの?顔?とか。たいがいの買い物はネットで済むけど、身に付けるものはまだ無理だな。文房具屋でボールペンを買った。愛用のボールペン、ネーム入り(ていうかテプラ)にもかかわらずなくなる。10回なくなって9回は戻ってくるが、1回はなくなる。なぜなのか。文房具もネットはまだ無理だな。ノートとかビジネス用鞄とか多穴ファイルとか使わないものを選ぶのは楽しすぎる。