忘却のディスクール

2009年9月9日

忘れる私は狂っている。そう言える私も狂っている。私は私のイメージを二分することなく、忘れる私を狂っていると言う。狂っていると言う私も狂っている。と言う私も狂っている。と言う私も狂っている。と言う私も狂っている。狂っていなければこんなことは書かない。20世紀最初の哲学なんか知らなくても、私は私が選択的に忘れていることを知っている。

人の名前を忘れる。

憶えられないのではなく、思い出せない。困るのは職場で、目の前の人の名前が分からない。仕方ないので役職名で呼ぶ。部長、課長はともかく、課長代理は微妙。というか職場の慣習としてはおかしい。半分冗談として捉えられる。冗談が通じる職場でよかった。役職のない人は役職で呼べないので、きみきみ、とか、ちょっとそこのあなた、とか呼ぶ。これだと4分の3くらい冗談になる。残りの4分の1で微妙な空気が流れるが、私は空気なんか読まないし同僚や後輩だったら問題ない、と、思っている。空気の薄い職場でよかった。先輩は困る。もう呼ばない。あぁ、先輩は先輩って呼べばいいのか。

完全に忘れているわけではなく、瞬間的な障害なので、4秒くらい待てば出てくるのであるが、日常会話において4秒の沈黙ってのはすでに事故レベルですよね。

絶対に忘れない人もいるけど忘れないのに理由はない。忘れるのに理由がいる。いっそ名前だけでなく人をも忘れてしまおうと思うが、人を忘れるのは難しい。毎日会う人を忘れるのはとても難しい。なにかよい方法はないかね。

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