きょう心動かされたこと

何日か前にアマゾンからカジヒデキ出るよってメールがきてて、正直誰の履歴に反応して送られてきたものかまるで知れないわけであるが捨てられず、iTunes storeで検索したら600円。そりゃもうCD買わんわな小売りきついわなと何かに言い訳をしながらポチっとしてFavourite Shirts 聴いて泣いた。二回泣いた。土曜日も朝のうち。

妻がアイホンのゲームにはまった。つみネコというのです。ニャー!

ニャー!
ニャー!

昔から、妄想と現実の区別がつかない。ネット地図で見ただけなのに、そこを訪れた気になっていた。「偽記憶」というときはむしろ「偽」が主目的であるため、その虚構性が際立つわけであるが、単なる「記憶」となると境界は曖昧だ。ネットで妄想したのも、現実に訪れたのも、どちらも「記憶」だからだ。妻が、ディックだねぇ、といった。あれ?あなたはSF読むんでしたっけ。私は読みません。もう20年前のことなので、読んだとはいえないのです。これは何かの病気かもしれない。まさか30代半ばにも至って、20年前と同じことで悩んでいるとは、20年前の私には想像できませんでしたよ。20年前の私には想像できなかった、と現在の私が想像するのですが。その現在の私もおそらくは20年後に向かって開かれているわけで、20年後の私が20年前に20年前の私を想像しているという想像、すなわち「きのう録ったきょうの料理をあした観る」(出典は忘れました。ググッても見つからなかった)というような時間軸を半歩ずつずらすテクニックを弄することも可能なのです。この話は次回に続きます(自分メモ)。