2004 年 6 月

サバノワ ver.1.5.2

2004年6月30日

サバノワの新バージョンができました。不具合2点修正です。取り急ぎ。

>> サバノワ

さまざまな空間

2004年6月24日

鯖の方にも書きましたが、読み終わるのがもったいなくてちびりちびり読んだ『さまざまな空間』。「街」のあたりで思うのが、僕にとって「ここ」とはどこかということ。

育ったのは京都府の旧綴喜郡で、石清水とかエジソンとか流れ橋とか梨狩りとか鷹狩りとか虎刈りとかが特産品。現在もハリン父母が住んでいる(ハリン父母は旧綴喜郡に30年ぐらい住んで定着したが、それは子どもができたからだろうな。うちはあちらこちらふらふらしてるから、子どもがないのであろうな)。それから京都市内に移って、衣笠(3年)、出雲路(3年)、西陣(4ヶ月)、西賀茂(1年6ヶ月)、松ヶ崎(2年)、中村南(1ヶ月)、桜台(9ヶ月)、近江八幡(5ヶ月)。京都はすでに1年以上足を踏み入れてない。衣笠と出雲路に住んでいた頃は、衣笠と出雲路には住んでいなかった。屈託にまみれているので、とてもじゃないが僕の空間とは言えない。西陣は言うに及ばず西賀茂も松ヶ崎も何も知らない。練馬区と青葉区は論外。近江八幡はまだまだこれからだし。自分を振り返って「ここ」を考える時、僕は一体どこにいるのだろうな。論外とか言っときながら青葉台の駅前をウロウロしているような気がして(僕にとって街の中心とは駅に他ならず、それでは沖縄はどうなのだろう。ハリン妻は一年くらい沖縄に住んでいて、那覇にも中心があると言っていた。その中心観を解き明かしてみたい。僕は旅行をしないので、余所の土地がどうなっているかということを知らない。西は大阪府枚方市(出生地)、東は三重県伊勢市(小学校の修学旅行)までしか行ったことがない(2004年に限定すれば西近江八幡駅と東能登川駅。新快速で一駅だ)。テレビも見ない。雑誌も読まない。本や新聞や人の話が印象に残れば、その土地に対する妄想が形成されるし、そうでなければその土地は土地の雛形に収まってしまう。土地の雛形というのは僕の脳内立体地図で、例えば新しいお店や郵便ポストを見つけた時に書き込んだり消したりできるのだ。誰もが誰かの段ボールを切ったり貼ったり切ったり貼ったりして等高線を描かなかったか)、鴨川の河原に寝そべっているような気がして(北区には6年以上住んでいるし、6年といえば小学生が大学生になるではないか。場合によってはオリンピックが金メダルになるではないか)、ともすれば忘れがちだが存外と僕は大宮中立売の職安で求人案内を今でも睨んでいるのかも知れないし、睨んだところで僕にできる仕事などないのかも知れない。ほんとうのところ、睨んでいた頃と住んでいた頃とでは目的も手段もまるで違う。違っていた。なんであそこに住もうと思ったんだろうな。転職したかったのかな。結局4ヶ月で出てしまったし、転職もやらない。まだ京都府以外の都道府県には1年ちょっとしか住んでない。でも今住んでいるのは京都ではない。もう少し滋賀県に住んでから、どこか他の土地に移ったら、さらに「ここ」が揺らぐのだろう。揺らぐというか混ざるのだろう。

10年あまりで8回なのだ。生涯で60回くらい転居しようと思ったら(何かそういう人の話を読むだか聞くだかしたことがある)、こんなんじゃ全然足りないのだ。しかも今強度の貧乏だから、むこう2、3年は平気で引っ越せない。次は引き続き琵琶湖線のどこかだろう。彦根城趾に彦根城を建立するのはどうか。築城して転売し(それにより引っ越し費用も捻出できよう)、一部屋借りて住むのはどうか。草津はハリン祖父母がかつて住んでいた。あまり憶えてない。こことしては適当なのかも知れない。ハリン祖父母はなんで草津に住んだんだろう。よくわからない祖父母だ。長浜は学生時分にアルバイトで出入りした。何だかよくわからないがよくわからないものを売った。バブルはとっくにはじけていたがその意味ではまだはじけられなかったということだ。いっそ湖西はどうか。毎日クルージングはどうか。冬はスキーもできるし、そもそも雪なんて見たことないではないか。ホワイトクリスマスと洒落込もうではないか。

60もの土地に住んだら、どんなここになるのだろうな。旅回りの一座とか流浪のジプシーに、ここはあるのだろうか。ここというのは故郷ではないし、今住んでいるところが最も近いような気もするけど、本当に今ここに住んでいるのかと言われるといささか自信がない。つまり、土地鑑を獲得しては喪失し続けることなのだ。

「ここ」という「空間」の不定を表現したくてことばを連ねたが、少しでも伝えることができただろうか。

サバノワ ver.1.5.1

2004年6月16日

サバノワの新バージョンができました。不具合修正が主です。お試しいただければ幸いです。

>> サバノワ

東近江鉄道事情

2004年6月14日

近江八幡に越してきて5ヶ月になるが、近江八幡駅ではずっと工事をしている。エスカレータ設置の工事だそうだ。

京都方面行きのホームにはいつの間にかエスカレータがついていた。ついていたってことはそれまではついてなかったということだ。エスカレータがつくことにより、どんどんエスカレートしてしまうのではないか。歯止めが効かないのではないか。興奮そして大興奮なのではないか。

まぁそれは置いといて、妻が近鉄近鉄いうので、滋賀県にも近鉄走ってるのかと思ったら近江鉄道なのだった。確かにそうなのだが違うだろう。違うのだとしてじゃあ近江鉄道は地元で何と呼ばれているのか。ちかてつ?うみてつ?何かピンとこないので、アナグラムにより解析してみよう。

OumiTetsudou → Timidorotousan

 ち、血みどろ父さん!?父さんに何が!?

ほら、もうすぐ父の日だから。

まぁそれは置いといて、近江鉄道の踏み切りをわたる時に近江八幡駅と反対の方を見遣ると、田んぼの中をまっすぐに、果てしなく線路が延びている。ここは本当に日本の滋賀県なのかと、疑える風景だ。でも、その線路は直線ではなくて、実は少しずつ左にカーブしていて、琵琶湖を一周して、もっというと一周半して、日本海に抜ける。誰も乗ったことがない。

ニワトリバグ

2004年6月11日

サバノワのver.1.5.1をベクターさんに送りました。一週間か二週間のうちには公開されるものと思われます。

なぜただのバグフィクスにこれだけ時間がかかったのか。日記欄の大きさが起動の度に変わってしまう不具合にどうしても対応できなかったのです。あちらを立てればこちらが立たず、いってみればニワトリが先か卵が先かみたいな状態で、二律背反ダブルバインド囚人のジレンマだったわけです。囚人が先かジレンマが先かって言うあれです。クレタ島人が何でもかんでもくれくれ言うので困ります。

結局、ニワトリが先なんじゃー!という力技で乗り切りました。そうです。ニワトリがいないと卵も産まれない。じゃあそのニワトリはどうしたの?どうやって産まれたの?僕です。僕が産みました。産休ください。

そうなんです。ニワトリが卵から産まれると考えるから難しいのであり、卵から産まれんのならワシが産んだるわい!ぐらいの気概が必要です。でないと、バグなんて無くならないです。論理じゃないです。論理じゃないのです。論理ですべて解決する時代は終わったのであります。1+1が2だとか言ってるからシステムが止まるのです。1+1はニワトリなんです。ニワニワニワニワトリがいるんです。私が産んだニワトリなんです。そのニワトリが卵を産んで、卵が私を産んで、私がニワトリを産むのです。連鎖は止まりません。だからシステムなんて勝手に止まればいいし、止まって何が悪いんじゃー!ワシャ止まると死ぬんじゃー!それぐらい論理的じゃないとバグなんて無くならないということです。そもそも、1+1が2になるということを、論理的に証明することは不可能なのです。だったら、空しいことはやめましょう。空々しいこともやめましょう。ニワトリがいて、僕がいる。そんな屈託まみれの僕が作ったサバノワver.1.5.1は近日公開予定で表向きは全然変わってないのですが、かなり堅くなりました。がちがちです。宇治金時になる前のかき氷よりも堅いんですから。

費目設定が壊れる不具合

2004年6月10日

サバノワにおける標記不具合については以前からご報告いただいているところですが、フォントの設定で英数フォントを選択すると、日本語で設定された費目や口座がすべて「???」になってしまうことが判明しました。

標記不具合のご報告をお寄せいただいた方、お心当たりございましたら、作者までご一報(saba@mandarin-orange.net)いただけないでしょうか。お手数大変恐縮ですが、どうぞよろしくお願いします。

 不具合解消版、近々公開したいと考えております。

答えなんてものは…

2004年6月1日

以前鯖書房で「まちがい探し」という日記を書いたのですが、解答を教えてください!気になって気になって夜も眠られませぬ!という問い合わせが

続き…